中国の煎茶

中国では煎茶がどのように捕らえられているのでしょうか。

煎茶といえば日本茶のイメージがありますが、そもそもお茶の歴史は日本よりも以前に中国で始まっています。

現在、お茶という飲み物ががどのようにして日本に伝わったかは、定かではないとされていますが、文献では、奈良時代に聖武天皇が僧たちに茶を賜わったとされている記述が最初と言われています。

そのお茶の種は、最澄が中国より持ち帰り植えたとされ、それは現在も残っており、天然記念物となっています。

中国では奈良時代よりも前、三千年昔よりお茶が親しまれてきました。

そして、飲み方も茶葉を煮出して飲む方法から、茶葉を固形化してけずって使用する方法に変わりましたが、この団茶は味の面で劣るとされています。

その後中国では抹茶が流行り、その抹茶が次第に廃れていくにつれ、茶葉を煎じていただくという、いわゆる「煎茶」が盛んになってきます。

それは明の時代(1368年~1616年)の頃と言われています。

これまでのお茶の飲み方とは違い、中国ではお茶を飲みながら詩歌を楽しみ、戦闘を嫌い、風流なものを大切にする人々に愛されてきました。

しかし、その煎茶が日本に伝わったのは江戸時代のことであり、誰が中国から広めたのか・・という点については定かになっていません。

説としては隠元禅師が持ち帰ったという説がありますが、高遊外賣茶翁が広めたという説が有力です。

高遊外賣茶翁は、中国から伝わった煎茶を売り歩きました。

たくさんの高層や文人などに伝えるうちに、その煎茶の心を広めることに成功しました。

そして、中国から伝わった煎茶は、一般庶民にも伝わり、次第に日本独自の入れ方へと変わり、日本のお茶として広く愛されるまでに至りました。

さて、日本での煎茶のいれ方は、最初は茶葉を煎じるようにしていました。

中国では昔、お茶は薬代わりとして飲用されていたこともあり、日本でもそのいれ方にならっていました。

そして、この煎じていただく方法から、次第に茶葉を蒸しその後乾燥させてお湯を入れ、茶葉が開くまで待っていただくという方法に代わり、現在に至ります。

中国で親しまれてきた煎茶はその心と共に日本に伝わりましたが、その後は日本人が独自の方法を作り出し、そして「煎茶道」という茶道も広まりました。

お茶を入れる急須も中国で始まり、日本に伝わりました。

そのデザインも中国風なものから日本人好みのものまで様々です。

煎茶は日本のお茶というイメージが強い理由は、中国から日本に伝わり原点は中国と言えども、その後、日本で中国人以上に愛されるに至った飲み物と言えるからでしょう。

たまには、丁寧に入れられた一杯の煎茶をお茶の歴史を振り返りながら味わってみるのもいいかもしれませんね。